日本農業の多面的機能が再評価されつつあります。農業がもたらす景観もそのひとつ。
しかし大自然と異なり、人の営みである農業は、それを維持する努力を怠れば景観とともに失われてしまいます。
このシリーズでは、いつまでも在ってほしい長野県内の農業に関連した景観の中から、6地点を「勝手に農業風景遺産」として紹介します。

安曇野
女神湖
美ヶ原
アンズの里
そば畑

初夏の安曇野

日本人の心に沁みこむ原風景ですが、この写真で明確に自然と言えるのは空と雲と里山だけ。その里山も、山肌を覆う緑は人の手によるものです。
水田はもちろん、家とその周囲の屋敷林、水田に水をもたらす堰、農道...。人の生活が創り出した風景がこんなにも私たちを和ませるのは、農村風景が日本人の心に、遺伝子情報のようにしっかり組み込まれているからではないでしょうか。

女神湖=北佐久郡立科町

農業用水用のため池、と言ってしまえばそれまでですが、場所と規模と地域の努力でここまでの景勝地に。近くの白樺湖も人造湖ですが、白樺湖が一大リゾートになっているのに対し、女神湖はその名の通り森の中にひっそりたたずむ美女の風情があります。
信州には美しい場所が多いですが、観光資源としての価値を、本来の機能と並行して育ててきた日本農業の懐の深さをあらためて感じさせる景観です。

幸福な牛たち(美ヶ原牧場)

標高約2000㍍。美ヶ原台上の広々とした草原は、国内でもトップクラスの人気景勝地ですが、牛の放牧が彩りを添えていることは間違いありません。
現在の美ヶ原牧場のルーツは明治期(その後大正期に県有林の払い下げにより美ヶ原牧場として開牧した)ですが、馬や牛の放牧地としての起源は平安時代にさかのぼるとのこと。
暑い下界をよそにリゾート気分を満喫する牛たちは、放牧期間が終わると体が一回り大きくなって帰ってきます。

アンズの里

千曲市の森・倉科地区はアンズの里として知られています。4月―淡いピンクの花が霞のように里を覆う景観はまさに「一目十万本」。
観光客が所々で足を止め、黙って花を見つめるシーンによく出会います。その姿は、花の向こうに来し方の記憶を確かめ、懐かしんでいるかのようにも見えます。
栽培されるアンズは、生食に適した甘みの強いハーコットが人気ですが、ほのかな甘みと酸味を持つ昔ながらの品種に郷愁を感じる人も。

白いじゅうたん(ソバ畑)

8月下旬の戸隠高原。コバルトの色合いが強まった空が早くも秋の気配を感じさせます。
くっきりとした稜線を見せる戸隠連山をバックに広がるソバ畑では、満開の白い花が、時折通り過ぎる涼風にその可憐な姿を揺らしていました。まるで小さな子供たちが笑いさざめくように。
ソバで知られる信州。生産量だけでなく、地域に根差したソバ食文化と、善光寺参りをはじめ、街道の沿線や街場(ルビで「まちば」)で、旅行者にそばを提供してきた歴史があります。ソバ畑も多く、そのほとんどが美しい自然景観とともにあります。
ソバの花が見られるのはほんの短い時期ですが、その一瞬の美しさが人々を魅了します。