米穀

母たちが守る信濃の国の凍りそばの伝統製法

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1年を通して最も寒いこの時期にしか作られない、文字通り期間限定生産のそばが、長野県にはあります。しかもこのそばは、県内広しといえども、唯一県北部の黒姫高原、上水内郡信濃町の柏原地区だけでしか作られていません。ちなみにそこは俳人・小林一茶の生誕の地。江戸時代よりそばが主要作物のひとつの土地柄で、手打ちそばは昔からの名産でした。このそばの名所でも厳寒の時期にしか作られない特別なそばは「霧下そば」と呼ばれ、品質が良くとても美味しいと評判のものです。そしてこの霧下そばを素材として作られてきたのが、今回ご紹介します「凍りそば」。「凍る」とはいっても、垂れさがるつららをすするような冷たいそばなどではありません。

伝統製法の凍りそば
農事組合「信州黒姫高原ファミリーファーム」で、古くから伝わる伝統的な製法で20年以上も凍りそばを作り続けている佐藤巴(さとうともえ)さんと、農産加工直売「ぶんぶく亭」で、その販売にも携わる佐藤千代(さとうちよ)さんのおふたりに、凍りそばの話を聞きました。

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左が佐藤巴(さとうともえ)さん、右が佐藤千代さん

ほんとうに寒くなる晩に
凍りそばは、手打ちそばを凍らせて乾燥させたもので、「今でいうインスタント食品の先駆けのようなもの」と巴さん。この土地の言葉では、ひどく寒い日のことを「かんじる」と言うのですが、1月に入っていよいよ寒さが本格的となる日、「じゃあ、今晩はとてもかんじるから(寒くなるから)"凍りそば"を作りましょう」と、この土地に嫁いで以来よく手打ちそばを作るおかあさんたちが声をかけあいます。全員がそば打ちのプロであるファミリーファームのそば作り班のお母さんたちは、日が暮れてさらに冷え込みが厳しくなる夜7時頃を見計らい、氷点下のなか、凍りそばの仕込みがはじまるのです。聞けばその時の気温はなんと、マイナス10℃。

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今年も1月14日の日を皮切りに、気温が氷点下に落ち込んだ4晩、作業が行われました。一度につき5キロのそば粉を用いてそばを打ち、切って、茹でたら冷水にくぐらせて麺を引き締め、つぎに人差し指と中指の2本の指にそばを適量巻きつけて輪っかを形作ったものを、こんどは大ざるの上にひとつまたひとつと並べていき、ざるがいっぱいになったところで、ざるのうえのそばをひと晩凍らせるために、そのそばを載せたざるを屋外へ運び出すのですが、一連の作業が終わる頃には、時計はもう夜の10時を廻る頃になっているそうです。雪深く、寒さがひときわ厳しいこの地域において、その条件を逆に生かした特産品を作るために、お母さんたちは手を真っ赤にして白い息を吐きながら寒さに耐えて作業を続けるのです。

乾燥に2ヵ月かけるスローなそば
やがて屋外に一晩置かれて凍りついたそばは、翌日になると、扇風機の回る、昔は蚕を飼っていたという屋内の風通しがよく涼しい日陰に置かれます。freezed_soba_4.jpgそのままにすることおよそ2ヶ月。その間、最初の晩に凍ったそばは屋内で、少しずつ凍ったのが融け、また夜間に凍ったりを繰り返しながら、ゆっくりと時間をかけて少しずつ水分が抜かれて乾燥していくのです。そうして春の訪れを感じる頃、ようやく、凍りそばは完成の時を迎えます。

完成に至るまでになんとも時間のかかるスローフードなのですが、ここ近年の温暖化、さらに今年はまた一段とこの時期が暖かく、そうなれば凍りそばの色も形もきれいに仕上がらないということで、「上手く出来上がるのかが心配なところ。さらに温暖化が進むようであればいつまで凍りそばが作れるかわからない」と巴さんは残念そうに言い、千代さんもそれにうなずきます。

そして伝統製法は復活した
じつはこの凍りそば、すでに江戸時代末期から作られており、参勤交代の際大名に献上され、賞賛されたとも伝えられるとか。それほど歴史の古い柏原地方の名産品なのですが、かつて一時、戦争の影響でしょうか、凍りそば作りが途絶えたことがありました。しかし、子どもの当時、凍りそばを母親が作るのを見ていたという一人の女性がいたことによって、その女性を中心に地元の主婦が集まり、昭和の終わり頃から凍りそば作りは復活を果たしたのです。巴さんも「当時は東京の有名デパートなどで1週間、交代しながら凍りそばの消費宣伝を行なったけれど、そのときは大勢の人にとても喜ばれたのよ」と当時を懐かしみます。

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すぐに食べられて懐かしい味
今ではこの凍りそばは地域の農家が共同で運営する農事組合法人「信州黒姫高原ファミリーファーム」が主体で生産を行い、信濃町の針ノ木池のほとりにある農産加工品直売「ぶんぶく亭」や、道の駅しなの「ふるさと展望館」で販売もされています。熱々のだし汁を注げばそのまますぐに食べることが出来る凍りそばは、そば粉100%で作られているため、そば本来の風味を十分に楽しめることでしょう。お吸い物の種として食されることが多く、県外の人に手軽に信州を感じてもらえる逸品ではないでしょうか。

お母さんたちは伝統の味を守る
地球が温暖化しているといわれる世の中、この凍りそばを食べられるのも、あと少しとなるのかもしれません。この冬の暖かさに、「今年は凍りそばを作るのをやめてしまった」というお店も残念ながらあるほどで、このままでは凍りそばの将来が思いやられます。しかし巴さん千代さんのふたりの佐藤さんをはじめそば作り班の人たちは「地球温暖化、そして作る人の高齢化の問題があっていつまで続けられるかわからないけれど、わたしたちが作れるまでは頑張って凍りそばを作っていきたい」ときっぱり。地元の名産品を守り続けるお母さんたちの誇りのようなものをそこに強く感じました。

アクセス:

信州黒姫高原ファミリーファーム
長野県上水内郡信濃町大字富濃字針ノ木
農事組合法人・信州黒姫高原ファミリーファーム
電話:026ー255ー5570
FAX:026ー255ー2918
ファミリーファーム 公式ウェブサイト

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農畜産物や店舗・施設の状況は変わることもございますので、あらかじめご了承ください。

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