新・信州暦 梅は咲いたか、桜はまだかいな

先週の陽気がよかったことから、県内各地からも開花のたよりが届いています。5日には千曲市のあんずまつり実行委員会が開花を宣言、飯田市の大宮通り桜並木では6日にさくらまつりも開かれました。その日、最高気温は20度まであがり、これは平年より4度ほど高くて、桜もめでたく満開でした。南信州は今週末が、中信は来週末が、北信は月末が、お花見のピークシーズンでしょうか。
好天に恵まれた中信の白馬村や北信の志賀高原、野沢温泉村のスキー場では、ゆく冬を惜しむかのように春スキーを楽しむ県外からのスキー客でにぎわっています。営業を終了したスキー場もありますが、今シーズンの積雪が多かったところでは、ゴールデンウイークも春スキーが楽しめるそうです。
とはいえ、内陸性の気候では、好天はいいことばかりでなく、5日、6日ともに県内全域で乾燥注意報が出され、各地の休耕地や山林では下草の火災が相次ぎました。今週前半はなんとか曇りか雨となりそうですし、週末までは曇りの予想が出されていますから、下草火災の心配は減るでしょう。

各地の田んぼでは田起こし作業もはじまりました。これからは五穀豊穣を氏神さまに祈願する春祭りも各地でおこなわれます。

立春から数えて八十八日目の八十八夜(今年は5月1日)の頃の春祭りには、草餅を神棚に供えて豊作を祈願します。草餅は、別名を蓬(よもぎ)餅ともいいます。つんだ蓬の若芽を茹でて、すり潰したものを餅と一緒に搗(つ)き、適当な量に餅を分けてからまるめます。このとき、小豆あんを包み込めば出来あがりです。蓬の若芽の特有なさわやかな香りと小豆餡が口の中でまざりあって大変おいしくいただけます。
このころ、4月下旬から5月初旬、長野地域の果樹農家ではリンゴの花盛りとなります。あわただしい受粉作業の時期を避けるために、果樹園の多い郊外の春祭りは、普通は八十八夜より前に行われます。

またそうした農作業の都合だけでなく、長野市では恒例の第10回長野オリンピック記念長野マラソン大会(今年は4月20日開催)の交通規制もあって、お祭りの子供神輿や神楽への影響から、祭りの日取りがさらに前倒しになっている地区もあります。
*巻頭のカバー写真を入れ替えました。先週の日曜日、暮れなずむ長野市千曲川のほとりで撮影した梅の花です。
![]()
●新鮮なアスパラガスがスーパーマーケットにも出回るシーズンになりました。春を告げるのは桜の開花ですが、食卓では新鮮なアスパラガスが、冬のじゃがいもの季節が終わったことを教えています。信州の山野でも南からワラビ、コゴミ、ゼンマイ、タラノメなどの山菜前線も北上しはじめます。

9日は、今年がはじまってちょうど100日目。そして二十四節気のひとつ清明(5日)から穀雨(20日)に至る自然のサイクルの中程、雑節の「雁北へ帰る」日でもあります。12日はあの武田信玄の命日。信玄は1573年のこの日、南信州下伊那の山中で落命、53歳でした。この言い伝えに基づいて、下伊那郡根羽村(ねばむら)では毎年信玄祭りが開かれます。(右写真は根羽村の信玄塚)
13日は上弦の月で、14日が雑節の節目「虹はじめてあらわる」日になります。面白いことに西洋の言い伝えにも、「4月に虹を見ると、それから1日か2日は晴れの日が続く」とあります。虹が出るためには雨が降らなくてはなりません。一雨ごとに暖かくなっていく4月の雨ではありますが、この季節に雨の日や曇りなどすっきりしない日がだらだらと続くことを「菜種梅雨」と呼びます。

15日には諏訪市にある諏訪大社上社(写真)で御頭祭(おんとうさい)。上社の例大祭で旧暦三月酉の日に行なわれていたので酉(とり)の祭りともいわれます。
五穀豊穣を祈願し、神饌として神官の手によってかつては鹿の生首が、現在は剥製の鹿の首などが供えられる神事がおこなわれた後、神興行列を仕立て、前宮に赴き、十間廊で古式厳かに祭典が行われます。御祭神のお使いが農作物の豊穣を祈って信濃国中を巡回するに際して行なわれたお祭りだったとか。
大正時代に書かれた「農事暦」(梅原寛重著)には「この月になると、農家のために肝要な所有地内の道路すなわち農業道などは、辺境(かたいなか)に至るまでよくつくり、牛馬諸車なども自由に往来するようにしておこう。山野についても、また同様である」とあります。いよいよ農作業が本格化。
長野県の春の特徴 長野地方気象台のウェブサイトより
| コメント (0) | トラックバック (0)











このエントリーのトラックバックURL:
http://www.iijan.or.jp/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/5248
トラックバック
コメント
コメントする