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人形作家

高橋まゆみさん

「本当に大切なもの」に出会える人形館

「飯山に嫁がなければ、この人形たちには出会えなかったですね」と高橋さんはしんみりと話し始めた。 北信濃の小都市に出来た小さな人形館がなぜこれほどまでに人を引きつけるのか、この短い言葉の中にその答えが潜んでいる。 師走の雪が舞い落ちる日に高橋まゆみ人形館を訪れ、人形作家高橋まゆみさんにお話を伺った。  

「自然と心に宿るもの」を人形に託して


高橋まゆみ人形館は飯山市街地のほぼ中心部に静かに建っている。すぐ西側にせまる斜面に沿ってたくさんのお寺が軒を連ねており、島崎藤村をして「ここはちょっと上方へでも行ったような気が起こる」と言わしめた独特の雰囲気がただよう界隈だ。
展示室は3つだけというこの小さな人形館は高橋さんが作った人形たちで占められており、2010年4月の開館以来、訪れる人は引きも切らない。話題となっているのは、来館者の数が多いからではない。ミュージアムであるから作品を鑑賞するところ、という概念では収まりきれない魅力がここにはあるからだ。展示されている人形に接した人の心が何とも言えない感情に包まれてしまう空間なのだ。それは、ずっしりとしてなおかつ晴々とする心地よさを伴っている。

高橋まゆみさんを「人形作家」と呼ぶ以外に、一般的な肩書きで表すことは難しい。
たとえば日本には名の知れた人形作家も多く、そういった歴代の作家をアーティストと呼んで普通は間違いないだろう。なかなかカッコいいし、多くの場合本人も望むところと思われる。
一方、私見ではあるが高橋さんの場合こういった呼び方はしっくりこない。自然体で生き、その姿勢そのままに人形を作り続ける高橋さんに対して、「アート」を当てはめることがかえって失礼に感じるだけではなく、作品である人形たちにも、どうやらアートを気取るつもりはなさそうなのだ。

将来の夢は、と訪ねてみると小首を傾けて少し考え、
 「あまり考えていないんですよね」と、多くのアーティストがまき散らすエネルギッシュで前向きな野心は伝わってこない。高橋さんから伝わってくるのは自身の感性の発露として光り輝くオーラではなく、触れる人を幸せにする柔らかい息遣いだ。
「とにかく今までしてきたように自然と心に宿るものを形にしていきたい」
「私たちの近くには、消えてなくなりそうだけどまだまだ忘れてはいけない大事なものっていっぱいあるじゃないですか。そういうものを自分で見ることができるうちは人形という姿で残し続けていきたいというだけなんです」

こう話す高橋さんの目は優しく澄んでいる。

人形たちは飯山で生まれ、そして育った


展示されている人形たちはお年寄りが多い。農村部に住む高橋さんの家の近所では普通に見かけられるような人々が、これまたいつも見かける仕草で展示室に暮らしている。
「私、絵が描けないので下絵はなしです。頭の中でスケッチする感じかな」と、どうやら日常の中で出会った光景が自然と頭の中に刻み込まれ、そのイメージをもとに制作に取りかかるらしい。
「あのおばあちゃんの笑顔いいな、とか、あのおじいちゃんの体つきいいなとか、そんな感じですね」
それは高橋さんが同じ土地にすむ人々を、作品のモチーフとして見ているといった意味ではない。高橋さんはこの地域のお年寄りを始めとする皆さんと暮らしを通じて普通に付き合い、同じ目線で物事を見、感じ、語り合っている。そういった毎日の中で醸し出されてきた愛情だとか心の豊かさだとか、あるいは悲しみや喜びをともなった様々な感情だとかが最終的には人形という形で表現されてくるのだろうか。
高橋さんは自身が作った人形に対して、冒頭の発言にもあるように「出会う」といった言い方をしたり「この人形のここが好き」といった表現を時折するのには、そういった背景があるためと思われる。

長野市の市街地で生まれ育った高橋さんがここ飯山の農家に嫁いだのは今から20年ほど前の事。都会と比べ寂しい土地で孤独を感じたこともあるようだ。
「飯山に嫁いだばかりのころ、主人がよく裏山に連れて行ってくれました。ワラビだとかコシアブラだとかタラの芽だとか、春の山菜を教えてもらいながら採ったんです。今までない経験だったし、とてもうれしかったですね」こういった体験を経て少しずつ自分が変わっていったという。
「豊かな自然の恵みを自由に採ったり、作物を一所懸命育てて収穫することが喜びにつながってきたんです。自分で収穫したものをそのまま食卓に出して家族と食べられるのですから。田舎暮らしも悪くないなと思えるようになってきましたね」

高橋さんのお宅はグリーンアスパラを中心に様々な野菜やお米を作っている農家で、今では4世代にわたる大家族だ。ちなみに飯山は全国有数のアスパラの産地で、そのおいしさでもトップクラスといってよい。

<次ページに続く>

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